アメリカ黒人の息子を持つ母親の、つぶやき
注)この話は、パンデミック(2020年)の時に全米で Black Lives Matter 運動が巻き起こったときに書いたものをベースにしています。
あたしは2001年の10月から黒人の都、ニューヨークのハーレムに住んでいる。
2006年にはハーレム生まれ育ちのアメリカ黒人の旦那との間に息子が産まれ、彼は保育園から中学校まで、ハーレムにある公立の学校に通っていた。
2020年9月から高校生になり、ハーレムじゃない地区へと通うことになったが、大学はまたハーレムに戻ってきて、2026-2026年の冬は限定でハーレムにあるアイスリンクでバイトもした生粋の「ハーレマイト」だ。
*ハーレム生まれ育ちの人のことを harlemite と呼ぶ。
2026年の今でこそ、黒人以外の人種も見かけることが多くなったし、全米で有名なスーパーマケットも上陸してとても住みやすくなったし、住み始めた頃と比べて安全になったハーレムだけど、ここで生活していることは、決して楽しいことばかりじゃなかった。
息子を産んだときに「ああ、この子は半分日本人の血が入っていても黒人とカテゴライズされるんだ」ということ。
どういうことかというと、
この子は黒人として生きていかなきゃいけないんだ。
という事実に、正直どうしよう、と思った。
子どもが産まれて幸せなはずなのに、反面、どうしようもない不安がつきまとって。
どうやって育てていけばいいんだ?
と悩んだ。
アメリカで「黒人」として生きていくことがどれだけ大変なのかは、ハーレムで生活をしていて肌身に染みている。
黒人の間にだけ適用される「ストリート・スマート」というのがあって、これはどう考えてもあたしでは教えられないし、かといって白人に対して恨みがある旦那に教えてもらうのも知識が偏りそうで困る。
さらに黒人男性の間で意味もなく警察に職務質問されるという話があるけれど、1度、そういった経験をしたことがある。
まだ息子が小学校1年生くらいの時の話。
当時息子は学校が終わった後、学童に通っていた。
そこにはクラスメイトのKくんもいて、Kくんを迎えにきたお父さんがわざわざ遠回りをして、アパート側まで送ってくれることが多々あった。
同じハーレムに住んでいるし、そんなに大変じゃないし、子ども達だって嬉しそうだしいいよ、と仕事で疲れているのに、いつもニコニコして送ってくれて。
その学童場所から車で帰ると15分くらいなんだけれど、地下鉄かバスを使うと、なんだかんだで40分はかかるので、車で送ってもらえるのはとっても嬉しかった。
その事件が起きたのは、ある冬の日のこと。
冬場は暗くなるのが早い。5時には真っ暗で。危ないから一緒に帰ろうと言われて、いつものように車に乗って、子ども達は後部座席ではしゃぎながらKくんのパパにその日学校であったことを話していた。
話に夢中になってしまったのか、いつも曲がる道を一本手前で曲がってしまった。
ニューヨークの道は一方通行が多くて、曲がって入った道は、本来なら逆方向なので入ってはいけない所だった。
たまたま、本当にたまたま偶然だったのかもしれないけれど、その角に警察がいて、ゆっくりと車に近づいてきた。
Kくんのパパは「黒人」だ。
でも彼は、アメリカ生まれ育ちの「アメリカ黒人」じゃない。
カリブ海に浮かぶ島出身の人で、大人になってからニューヨークに来た人。敢えていうならカリビアン黒人。
だけど警察にはそんな情報は関係ない。肌が黒かったら「黒人」だ。
Kくんのパパに緊張が走る。
ゆっくりと丁寧に、警察の質問に受け答えをする。
運転免許証を見せている。
それからほどなくして何事もなかったように警察から「言って良し」と言われ、その場から離れた。
車を動かしてからの気のまずさと緊張感を、どう表現したらいいんだろう。
Kくんのパパはなんともやるせない気持ちだっただろうし、動揺していたと思う。でもそんな素振りは見せないようにしていて。
あたしはあたしで、どう彼に声をかけたらいいのかわからなかった。
でも良い機会だから日頃から疑問に思っていることを訊いてみた。
あたしはあなたがアメリカ生まれ育ちの黒人じゃないことはわかっている。カリブの人。あなたの息子だってアメリカで生まれているけれど、お母さんはハイチ人でしょ(ブルックリン育ちではあるけれど)。
あたしの息子だって、アメリカで生まれてたけど100%黒人じゃない。半分は日本人の血を引いている。
だけど、他の人から見れば、あなたも奥さんも、息子くんもウチの息子もただの「黒人」。
本を読んでこの国の黒人に対する差別についてはわかった。でもあたしはこの国で生まれ育っていないし、なによりも黒人じゃないから、今日みたいなことがあったら、息子にどう説明したらいいのかわからないの。
Kくんパパのお答えはこうだった。
息子に日本の歴史を学ばせるんだ。だってそれは彼を作っている一部だからね。
もちろんアメリカの歴史も黒人の歴史も伝えるんだ。僕は息子にカリブ海に住む人達の歴史、カリブ海を支配したイギリスの歴史も教えているよ。
人は歴史から学ばないといけないから。
あたしはこの言葉を今でも金言だと思って、息子に歴史の勉強しようね、と、ことある毎に言っている。
確か息子が3年生くらいの時かな、思い詰めた顔をして
「僕は黒い人なの? お父さんも黒い人なの?」
と訊いてきたことがあった。
あたしはこの時に「うわ、ついに来た!」と思ったし、一体誰からそんなことを言われたんだろう? とも思ったり。
「あのね、肌の黒い人なんていないよ。あなたは茶色でしょ? お父さんも茶色だよ」
「じゃあ、お母さんは白い人なの?」
「お母さんは黄色い人です」
と言ったら、息子の目が点になっていた。
その後、何をどう話をしたのか覚えていないけれど、息子なりに悩んでいることだけはわかった。
4年生になったら昔よりも黒人の友達が多くなって、ああ、やっぱりそういうことなのかな? と思ったりもした。
つまり、肌の色でみると息子は黒人だし、彼らといる方が精神的に落ち着くのかな、ということ。
だけど大学生になった今、彼の周りを囲んでいる人達の多くは息子と同じく「日本人の血が入っている」。なんだか面白い。
息子のアイデンティティーはどうなっているのか、と思ったので訊いてみたら、特に気にしていないとのことだった。
友達の多くに日本人の血が入っているのは、皆幼なじみだから。
「日本人とのミックスがいたら話かけるかって? わかんない」
あんなにも息子にとっての最善は何なのかって、悩んだのに。
細心の注意を払っていたのに。
そのことを常に考えて行動していたけれど、裏返せば「黒人」とカテゴライズされて、意味もなく殺されるのはないか? という恐怖にずっと支配されていたのだ。
だからこそ、教育をしっかりと受けてもらい、ストリートキッズにならないで欲しい、何かあったときに冷静に警官と話せるようになっていて欲しい、という気持ちがあったからこそ、正解と言われることを片っ端からやってきたんだな、と今なら思える。
だけど気がつけば、世界の方が変わってて。
アニメブームで日本に興味を持つ人が増えて、人種を超えて話せる共通言語ができた。
もちろん、ここがニューヨークシティというのもあるかもしれないけれど、あたしが恐れていたものは、思っていた形ではやってきていない。
探していた「正解」は、一体何だったんだろうと思う、今日この頃だ。




